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西郷隆盛は男にもてるような人物とよく言われます。
どんな窮地に陥ったときでも周りの手助けや支えで
大きく盛り返すことが多くありました。
しかし、実際に西郷隆盛を見た人物は多くなくその姿は
長い間謎に包まれていました。
現在では多くの肖像画や銅像から西郷隆盛像を思い浮かべることができます。
しかし、西郷隆盛像についてよく言われるのが、我々がよく思いつく
西郷隆盛像は実は偽物だったという話ですね。
なぜ西郷高森の肖像画や写真は別人なのでしょうか?
今回は、西郷隆盛の実際の顔は肖像画や写真で残っているのか、
西郷本人に一番近い肖像画について紹介します。
西郷隆盛の写真や肖像画はなぜ別人なのか?
現在、西郷隆盛の写真は一切残っていません。
これには理由があるんですが、それは戦争などで焼けてしまった
などではありません。
その理由は、西郷隆盛が大の写真嫌いだったことにほかなりません。
時の天皇であった明治天皇が西郷の写真を所望されたときでさえ、
写真を取ることを拒否したというのだから徹底されていますね。
この時代は写真撮影の技術ができたばかりで、民間の噂で写真を
取ると魂を抜かれると言われていましたが、西郷隆盛が写真を嫌った
理由は別にあるようです。
西郷隆盛が写真を嫌った理由
西郷隆盛は倒幕側の人間で幕府側の人間から疎まれていました。
特に西郷は倒幕側の重要人物ということで、常に暗殺の危険が
つきまとう生活を強いられていました。
西郷が奄美大島に渡った理由も、西郷が入水して他界したという
ことにして幕府側の目を欺くためでもありました。
写真があると暗殺の危険は跳ね上がるので、それを防ぐために
西郷は生涯を通して写真を取らせなかったと言われています。
上野の西郷隆盛像は本物に似ている?
東京都の上野にある@西郷隆盛像、東京に住んでいる方は一度は
見たことがあるんじゃないでしょうか?
犬とともに着流しを着て刀を挿した西郷像をイメージできる方も
多いかと思いますが、
西郷夫人はこの像を似ていないと否定しています。
しかし、この似ていないは西郷の顔や体格のことではなく、着流しの
まま大勢の前に出かけることはなかったということだそうです。
西郷の実際の顔は?
西郷隆盛の写真は一切ないのですが、幕末の英雄ということで多くの
肖像画は残っています。
肖像画の中で一番有名なのが、西洋から来たお抱え絵師のキヨッソーネ
作の肖像画でしょう。
この絵は西郷隆盛に近い人物からの意見を聞いて書かれたもので、
かなり西郷本人に近いそうです。
西郷隆盛最も近いと言われる肖像画
もと士族だった石川静正という人物が鹿児島で西郷本人に会ったときの
記憶と印象から書かれた絵がコチラです。
この作品が書かれたのは大正2年で西郷本人はすでに他界していましたが、
存命だった西郷夫人と西郷の子どもたちがこの絵を見て
「真に迫る一品」といっています。
このことからこの肖像画が西郷本人に一番近い肖像画ではないでしょうか?
このことか西郷の特徴は、太い眉・鋭い目つき・眉間のシワ・どっしりした鼻・
大きな耳だったのではないでしょうか?
まとめ
・写真嫌いは暗殺の危険があるため
・東京上野の西郷像は西郷夫人いわく全く似ていない
・キヨッソーネ作の肖像画はかなり本人に近い出来栄え
・石川静正の肖像画が西郷家族のお墨付きの作品
西郷隆盛は幕末を代表する英雄の一人ですが、そのため暗殺の危険が
多くありました。
暗殺の危険を少なくするため写真嫌いだったと言われていますが、
本当は写真を取ると魂を抜かれるを信じていたのかも知れませんね(笑)
そんな迷信を信じている西郷像も面白いんじゃないでしょうか?
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